いかにしてチャラーナ・アローイはヴォーリアを連れ帰ったのか

 

 お婆さんの家をお訪ねするのが一番だと、ヴォーリアが思い付いたある日のことです。お婆さんの家は嵐の部族のトゥーラの外れにありました。よいお客さんならお土産を持ってくるものだとヴォーリアは知っていましたので、お婆さんのためにおいしい食べ物を詰め合わせました。マホーメイの炉で焼いた温かなパンを荷に詰めて、自分の庭から銀のキツネノテブクロを、そしてミンリスターの極上のエール酒を1瓶を持っていくことにしました。

 出かけようとすると、お母さんのアーナールダが呼び止めました。「どこに行くの?」と聞いています。ですのでヴォーリアが答えますと、アーナールダはお婆さんの家にはあまり長居しないよう注意しました。「あそこに行くのは簡単ですけどね、戻ってくるのがきついでしょうから」ヴォーリアはお母さんの忠告に感謝して、そして道を進みました。

 ヴォーリアはトゥーラを渡っていきました。とても速く歩いたために、野原から遠く離れました。とても遠くまで歩いたために、丘の上の牧草地にいる羊も見えなくなりました。そうしてお婆さんの家のある暗い森に着きました。

 門のところで一休みをし、他の庭とは似ても似つかない祖母の庭に目をやりました。アーナールダなら食べ物を育て、チャラーナ・アローイなら薬草を育てるその庭を、お婆さんは骨壷の埋葬地としてのみ使っていたのです。それを見るや彼女は寒気を感じ、そして後ろには足音を聞きました。ヴォーリアが振り返ってみますと、背後の道に狼がいます。彼女は走り出しかけましたが、よく見てみますとその狼は、本当は彼女のお伯父さんのフマクトでした。

 彼は言いました。「ここで会うとは思ってなかったよ、ヴォーリア。ここは笑いがほとんど無くて、春の花など知られていない土地だからね」フマクトはヴォーリアを脅えさせました。彼が近くに屈み込んで、その冷たい息が顔にかかるのを感じた時などは特にそうでした。「気を付けなさい、お嬢さん」彼はそう言って、お婆さんの家にあまり長居しないよう注意しました。「あそこに行くのは簡単だよ、だけども戻るのはきついだろうからね」ヴォーリアはフマクトの忠告に感謝して、そして道を進みました。

 ヴォーリアはお婆さんの家に辿り着くと、そこが寒く埃っぽいことに気がつきました。それでも彼女はきちんとお婆さんに挨拶をし、持ってきた贈り物を手渡しました。お婆さんはパンを気に入りました。それはここでは唯一の暖かなものでした。また銀のキツネノテブクロを気に入りました。それはここでは唯一の明るいものでした。ですけども一番喜んだのはミンリスターのエール酒でした。それは彼女の冷たい頬でさえ薔薇色に変えました。

 エール酒を呑みながら、お婆さんは冷たい炉に火を入れて、火のおかげで一番居心地がよくなった場所にヴォーリアを座らせました。ですがお婆さんはヴォーリアにあまり長居しないよう注意しました。「ここに来るのは簡単だけどね」彼女は言いました。「だけどお家に帰るのはきついだろうからね」ヴォーリアはお婆さんの忠告に感謝して、そして火の側に座りました。

 程なくしてお婆さんは、ヴォーリアに古い日々の、オーランスがまだ若くて世界がとても違っていた頃のお話をたくさんしました。ヴォーリアは家族の話を聞くのが大好きだったので、お日様と水が足りないばかりに萎れてしまった、お婆さんにあげた銀のキツネノテブクロに目がいくまでは、時間が過ぎてしまっていることに気がつきませんでした。彼女はハッとして飛び上がり、お別れをするために立ち止まるのもやっと、外へ飛び出し家に向かって走り出しました。

 お婆さんの門をわずかに通り抜けたところで、彼女は目の前に立つ狼のフマクトに気がつきました。「どこに行くんだい、お嬢さん?」彼が尋ねました。「お婆さんの家にあまり長居しないよう忠告をしたね。今となっては冷たく青ざめてしまってる。そして君には息吹きがない」ヴォーリアは立ち止まり、そしてそれが本当の事だと知りました。お婆さんの家で過ごした時間は彼女から温かさを絞り取ったのです。彼女は説得しようと立ち止まりましたが、喉まで出かかった言葉を黙らせる何かをフマクトの目の中に見てしまい、そして彼女は逃げ出しました。ですが遠くには行けません。休みの前にフマクトはパクッと一飲みで食べてしまいました。これでその日の彼の仕事は終わりです。

 ヴォーリアはとても恐れていました。フマクトの中は暗く、彼女の想像以上に寒かったのです。彼女は泣いてしましました。偶然その時、チャラーナ・アローイが通りかかり、そうしてヴォーリアの泣き声を聞いたので、何が起きたのかフマクトに尋ねました。「あなたには関係無い」彼は言いました。「立ち去るのが一番ですよ」それでもチャラーナ・アローイは立ち去りませんでした。「私にはヴォーリアの泣き声が聞こえます。彼女はあなたの中にいるのですね。あの子を食べてやいませんか?」フマクトはこれが真実であることを否定はしませんでしたが、彼女は冷たく死んでおり、彼女には息吹きがないことを説明しました。彼は、立ち去るよう、そうすれば何もしないと警告しました。チャラーナ・アローイは説得しようと立ち止まりましたが、フマクトはその凍えるような目で睨みました。「2度警告しましたよ、チャラーナ・アローイ。あなたには関係が無いんです。3度目の警告をさせないことです!」

 フマクトに敵わないことを、チャラーナ・アローイは知っていました。死は、彼女が癒す方法を知らない傷なのです。彼女は嵐の部族の元へと戻り、ヴォーリアが死んだという恐ろしい知らせを親族たちに伝えました。誰もが泣きました。人や動物、植物はヴォーリアのために悲しみました。花は咲かず、子供は遊ばず、幸せな笑いが消えました。

 しかしチャラーナ・アローイはいつもヴォーリアを連れ帰る方法を深く考えていました。ヴォーリアがいない嵐の領域は寒い場所だったからです。すぐに愚か者のユールマルなら“死”について何か知っているのではないかと思い出しました。何しろそれは、安全に保つために彼からフマクトが取り上げたのですから。それで彼女はユールマルを探すことにしたのです。ハーストの倉庫を覗いてみました。彼はそこで鼠に化けて良質の穀物を盗むのが好きなのです。しかしそこにはいませんでした。スコーヴァラの舞台裏を覗いてみました。芸人が衣装を変える時、ちらりと素肌が覗ける事を期待して、ユールマルはそこに忍び込むのが好きだったと知っていたからです。しかしそこにはいませんでした。最後にミンリスターの醸造所近くの肥料の山を覗いてみました。そこでユールマルが二日酔いで眠っているのを見つけました。

 チャラーナ・アローイはユールマルを起こして、死について話してくれるよう頼みました。彼は最初は嫌がりましたが、チャラーナ・アローイが頭痛を治してくれたことには、ユールマルでさえ感謝をしました。「どうすればヴォーリアを解放するよう、フマクトを説得できると思います?」チャラーナ・アローイが尋ねました。ユールマルは3つのものが必要だと言い、それをどう使えばいいのか教えました。そして力強いフマクトにこの悪戯を仕掛けたことを思って笑い転げました。

 チャラーナ・アローイは必要なものを集めました。アーナールダから1つ目のもの、明るい朱をしたベリーを入れた籠を借りました。マホーメイの炉から2つ目のもの、赤々とした熾火おきびを納めた陶器の壷を借りました。3つ目のものは借りる必要のないものでした。

 チャラーナ・アローイはお婆さんの家の外でフマクトに立ち向かいました。「戻ってきたのですか?」と尋ねてきました。「通り過ぎるよう2度警告しましたね。これが3度目の、そして最後の警告です。立ち去らなければ、食べてしまいますよ!」フマクトを大変驚かせたことに、チャラーナ・アローイは笑みを浮かべて、食べられるのを待ちませんでした。その代わりに彼の口の中へと飛び込んで、下っていったのです。喉を下り、凍てついた心臓を通り過ぎ、まだヴォーリアが泣いている胃の中に降り立ちました。

 ヴォーリアは両手を広げ、チャラーナ・アローイに抱きつきました。「会えて嬉しい!」彼女は叫びました。「ああ、でも悲しい。あなたも死んで、この寒くて暗いところにずうっといなきゃならないなんて」チャラーナ・アローイは微笑みました。「違いますよ、お嬢さん。私にはフマクトに仕掛ける秘策があるんですからね……」

 チャラーナ・アローイは、アーナールダから借りた明るい朱のベリーを壷から取り出しました。それを潰して糊状にして、そして生きているかの如く見えるよう、ヴォーリアの青白い頬を紅くするのに使いました。ですがまだヴォーリアは冷たく、その身体には息吹きがありませんでした。
 次にチャラーナ・アローイはマホーメイの炉から出た赤々とした熾火おきびを取り出しました。それをヴォーリアの服の中、彼女を暖める場所である心臓の上に差し込みました。ですがまだヴォーリアの身体には息吹きがありませんでした。
 最後にチャラーナ・アローイはヴォーリアをきつく抱きしめて、くちづけました。ヴォーリアの中に自分の息吹きの幾ばくかを吹き込んだのです。このためチャラーナ・アローイは幾らか力を失い目眩がしましたが、ヴォーリアの息吹きを再び燃え上がらせました。

 チャラーナ・アローイとヴォーリアはよじ登りました。彼女らはフマクトの胃から登っていきました。彼女らは凍てついた心臓を通り過ぎました(心臓のすぐ側に生命の暖かみを感じたために、フマクトは泣きました。)。彼女らは喉を登り上がり、口から飛び出しました。

 フマクトはヴォーリアをまじまじと見詰めました。というのも彼女は死んでいると確信していたからです。しかし彼女の頬が薔薇色をしているを見たのです。彼女が暖かいのを感じたのです。そして彼女の息吹きを悟ったのです。どうして間違えたのか悩みましたが、それでも彼女を家に帰らさざるをえませんでした。

 彼女が帰宅したことは、みんなを幸せにしました。彼女を歓迎するために、人々は歌い、動物は野で踊り、花々は芽を出しました。みんながそうしました、銀色をしたキツネノテブクロを除いては。それはお婆さんの家に置いてきてしまったので、我々がもう見ることはありません。

 自分を騙したのがユールマルだと気付いて、フマクトは大層腹を立てました。ですがそれは別のお話……。

この文章について

 原文:How Chalana Arroy Brought Voria Back(http://www.ellechino.demon.co.uk/Myths/chalana.htm)
 著者:Bruce Ferrie(bruce@ellechino.demon.co.uk)
 翻訳者:鮎方髙明(ayukata@dunharrow.org)

 この神話はBruce Ferrie氏が作成した物を、作者本人から許可を受け、鮎方髙明が翻訳した物です。
 これはグローランサ・ファンによる創作物であり、公式版ではありません。各人の選択において使用して下さい。この文章により何らかの害を受けたとしても、著者並びに翻訳者は関知いたしません。この文章は、非営利目的においてのみ、複製が許可されます。
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訳語について

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用語
トゥーラ tula 領土を指す言葉。