最早アーナールダを縛るものはありません。そこでオーランスは彼女に求婚しました。ですがアーナールダは安っぽい女ではありません。ですのでオーランスは手柄を立てねばなりませんでした。これは今の世にも言えることです。価値ある娘であればあるほど、男には手に入れるため苦労をさせ、その価値をしっかりと分からせるべきです。
で、オーランスはと言えば、アーナールダに幾つもの贈り物をしました。ただしそれを手に入れるために、幾つもの物をぶち壊し、幾人もの者をぶち殺してましたので、アーナールダは贈り物には喜びましたが、方法には良い顔をしませんでした。そして「他にも方法はあるはずです」とアーナールダが言えば、オーランスは「力というのも手の一つだ」と、今にも伝えられる有名な問答を繰り返しました。
輪縄と棒切れだけを持って、アリンクスを苛める雄牛を打ち従えて鋤をつなぎ、森や岩だらけの大地を耕してみせたりもしたのも、こうした手柄の1つです。これが農夫の始まりで、“農夫”オーランスという呼び名もこれにあやかります。
こうした幾多の手柄のすえに、アーナールダとオーランスは婚姻を結ぶにいたりました。そしてオーランスは妻を愛する喜びを知り、我が子を抱いたときの安らぎを知り、平和というものも良いものだということを知ったのでした。
邪悪な皇帝は死に、アーナールダを手に入れて、オーランスの行く手は順風満帆かと思われましたが、しかしそうはいきませんでした。皇帝の後を継ぐ炎の部族は強く、到底打ち負かすことが出来ず、それどころか負けることもしばしばありました。彼らは先闇の軍勢を打ち倒せなかったとはいえ、その一致団結した力は先闇の侵入を一切許さなかった程の強さだったのです。
オーランスとその氏族の策も果て、彼は聡いアーナールダなら何か解るかもしれないと尋ねてみました。
「彼らがあなたより勝っている点が1つあります、愛しい方。例え他のすべての点において劣ってましても、その一点において彼らは今後も勝ちつづけるでしょう」
「それは何なのだろうか、賢き妻よ」
「それは部族です。彼らは炎の部族の名の下に団結しています。あなたも部族を、嵐の部族を作られるべきです」
オーランスは1つ頷き、新しい嵐の部族に加えようと、様々な氏族の長を広く集めるために旅に出ました。
その時集められた氏族には、先ずはオーランスの縁者がいます。例えば「雪冠の氏族」を率いる母親ケロ・フィン、それに兄弟たちですと「すべてを害する氏族」のヴェイドラス、「悪しき風の氏族」のウロックス、「猫の氏族」のインキン、それから彼の息子だと「熊追う氏族」のオデイラがいました。
アーナールダに連なるものもいました。「四つ足の氏族」のウラルダに「穀物の氏族」のエスラ、アーナールダの姉妹であるマーランなどです。
それからオーランスと仲の良い若い神々が集められました。「旅する氏族」のイサリーズや、「木肌に記す氏族」のランカー・マイです。
その他、様々な氏族の長が集められました。
長達は、集められる前にオーランスに様々な要求をしていました。
ヴェイドラスはインキンがおらぬなら入ろうと言っておりました。しかしインキンもまたオーランスの兄弟で、オーランスは彼を部族に入れるつもりでおりました。
またイサリーズはウラルダが入るなら入りましょうと言っていました。そのウラルダは部族の食糧を自分達だけでは賄えないので、エスラが入るなら入りましょうと言っていました。そしてエスラはというと、イサリーズは自分達の穀物を部族外へと持ち出すだろうから、イサリーズが入らないなら入りましょうと言っていました。
そうした約束が取り交わされていたにも関わらず、いざ集会へと集まってみれば、約束が守られていないものが大勢いました。多くの氏族を集めたので、その約束のすべてを同時に守ることなど無理だったのです。集会は長達の怒鳴りあいの喧騒の中、混乱しました。
喧騒は激しく、オーランスには抑えきれませんでした。殴れば静かにさせることは出来たでしょうが、そうすれば殴られたものは部族には加わらないでしょう。それを考えると、オーランスにはどうにも出来ませんでした。
そこにアーナールダが箱を手に現れたのです。そしてそれをオーランスに手渡しました。オーランスがそれを開けると、中にはトルクが大勢納められています。意を察したオーランスは、氏族の長達にトルクを氏族のレガリア(権力の証)だとして贈りました。そしてアーナールダは皆を“理解の広間”へと連れて行き、そこで徹底的に話し合わせ、和解へと導きました。そうして彼女は今度は部族のレガリア(権力の証)だと、“権威の冠”をオーランスへとかぶせました。幾つかの氏族は納得しませんでしたが、それでも多くの氏族が部族への加入に同意し、オーランスに敬意を示し忠義を誓いました。
その時です。新たな種族である闇の部族の戦士達が、集会へとなだれ込み、いまだに合い争う氏族に襲い掛かってきました。この飢えた闇の部族の力は強く、氏族を各個それぞれに打ち倒していくものに見えましたが、氏族同士が協力すればそうはなりませんでした。オーランスも、そして同意に納得しなかったものも、協力し団結しあうことによる力の大きさを目にしたのです。
そうしてすべてのものが納得しました。ここに新たな部族である嵐の部族がおこり、オーランスがその王となったのです。そしてオーランスはこの部族を統治するために嵐の輪を創設しました。
さて、それより少し前の話になります。先に話したことですが、ウズたちは太陽の届かぬ地界で安穏と暮らしておりました。そこには今まで長きに渡って来訪者など無かったのですが、ウズたちは突如として2柱もの神を向かえることになりました。
1柱目は定命の祖父、そして2柱目は皇帝でした。定命の祖父はウズに危害を与えることもせず、静かに地界へと入り、静かに暮らしました。しかし皇帝は違いました。彼の到来にウズは驚かされます。何しろ皇帝は光り輝き、自身の炎で辺りを焼き払い、供を引き連れて、西から地界の底に向かい黄泉路を進んでいたのですから。彼らは光というものを知ってはいましたが、それでもここまで間近に見たのは初めてのことでした。
暗黒の神々や精霊、そして英雄らはウズを連れて、皇帝の侵略を防ぐために立ち上がりました。しかし皇帝の炎はおさまることを知らず、また皇帝の部下たちは増えこそすれども、減ることはありませんでした。何しろ地上でも神々の戦争は起きていて、オーランスやその兄弟たちは炎の部族を吹き消さんとばかりに、戦いを繰り広げていたのです。そして皇帝の部下たちは地上で“死”に切り裂かれるや、今度は地界に下って皇帝の軍勢に加わっていたのです。
これでは勝てるはずがありませんでした。
戦いに最初に見切りをつけたのは、夜の女神ゼンサでした。彼女は皇帝を避け、より暗い方へと幾柱かの神と幾らかのウズを引き連れて逃げていきました。そして安全な場所を見つけたのです。風が吹き荒れてはいるものの、皇帝の名残はかすかにしかしない土地、そう皇帝の去った後の地表でした。そこで彼女は安心をし、1柱の神を生みました。これが地上世界の暗黒神アーガン・アーガーです。
地上へと逃げたのはゼンサだけではありませんでした。他の神々が地界から地上へと逃げ延びました。そして最後に暗黒の女神デロラデッラは、そう後にはオーランスの息子である“暗黒の雷鳴”の母となるデロラデッラは、すべてのウズを連れて地上へと移り住むことを決意しました。こうしてウズが地上に住むようになったのです。