さて
しかしそれは彼の統治を受け入れられぬものにとっては、何よりも苦しいことでした。
皇帝の法を守るのであれば、奴隷であるのと同じでした。アーナールダは光輝あふれる皇帝の妾とされ助けを求めておりました。
皇帝の法を守らぬのであれば、無法者であるのと同じでした。良き土地からは追い出され、危険な土地に移り隠れ住むしかありませんでした。彼らの多くは地上の悪しき土地で暮らしましたが、闇の部族の者どもは皇帝の光の届かない地下へ地下へと居を移し、そして麗しの地、彼らの言う「不思議の郷」を見出して、喜んでそこに住まうことにしたのです。
こうして何も終わらぬまま、何も始まらぬまま、何も変わらぬまま、黄金の時代は過ぎていきます。これら黄金の時代の終盤までを「停滞の時代」と呼びます。
そうした中でも創造の力だけは世の中へと広まりつづけていました。皇帝に追放された神々が、炎の部族が住まう安全な土地から、誰も旅したことの無いような危険な土地に移り潜み住んでいたからです。
そして創造の力が世の隅々にまでに行き渡ったとき、古い神々は気付きました。先闇に勝利するには戦士が必要なのだ、と。創造の力に満ち溢れた強者が必要なのだ、と。そして戦士が世に雷鳴とともに生み出されました。その父は天空。その母は大地。そうオーランスの
彼は武器を佩き、先闇との戦いに赴きました。決着は互いの代表同士の戦いでつけることになり、ウーマスが進み出ました。しかしウーマスは調和をその武器としており、その力で先闇の戦士をねじ伏せて、世を確かなものとしたのです。
こうしてウーマスの手柄によって、長きに渡った創造の戦は終わりました。
しかし皇帝は寛大な神ではなく、
なのでウーマスには宮廷の席が与えられませんでした。
そこでウーマスは父と母の間に割って入り、大地を踏みしめ天空を担ぎ上げ、神々の勢力を押し広げんと、力をこめて2人の間を引き裂きました。そうして自分の縄張りとするべく「
彼はそこを拠点として各地へと旅に出、世界には自分のような神々が大勢いるのだということを知りました。大望や不満を持った神に出会うたびに彼はもてなしをし、友として迎えました。これが今も我々がなす「もてなしの儀式」の起こりです。
こうしてウーマスは幾柱かの女神と結ばれ子を持ちました。悪名にこだわらず、名の知られた神を年嵩から挙げますと、“風の父”コーラート、“砂漠の風”ウロックス、“邪つ風”ヴェイドラス、“死と名誉の神”フマクト、“
そうした子供達や、ウーマスその人、それから仲間衆たちは自分たちを守るために、中空を守るために、そして秩序だってはいるものの停滞しきった世界を攪拌し変えるために、様々な功を立てました。そして嵐の神々は他の神殿の犠牲の下、次第に力を付けていったのです。ウーマスは幾たびも幾たびも戦いました。そして遂にはその身体は細切れとなり、世界中を吹き渡る風に溶け込み、「ウーマスの時代」は終わりを告げます。
ウーマスの死後、様々な神が彼の子供達の元へとやってきました。その時、もうコーラートはいませんでした。コーラートだけは既に身の証を立て力を得ており、ウーマスより“精霊の主”との名を与えられて大人と見なされていました。ですので彼以外の子供らの力を奪ってしまおうと、試しをしようとしたのです。
残念ながらラグナグラーは気が触れてしまい、如何なるものとも子をなそうと、欲望に溺れるようになりました。しかし彼一柱を除いては見事に試しを切り抜けて見せました。こうしてオーランスらは、我らから言えばまだ幼子のような年齢ではあったのですが、試しを終わらせ成人と見なされるようになり、当然引き継ぐものとして、父ウーマスの力を、その土地を、その持ち物を求め戦い始めました。
戦いの最中、神は世界のそこここに生まれつつあった種族らをより選び、自分に良く似合った者たちを、もしくは自分で
これがカルトの起こりです。
その頃のオーランスはと言えば、スパイクに住んでおりました。しかし元来好奇心が旺盛でしたので、一度大気に乗って飛び上がり、山の裾野に広がる世界を見てしまっては、我慢することなど出来るはずがありません。彼はヴァランオーランス、即ち“野生の”オーランスと名乗りをあげて、旅に出ることにしました。旅で彼は様々なことを学びました。荒野で生きる術や、何が危険であるかなどを学びました。今でも男衆が塗っておる大青は、この頃にオーランスが造ったものなのです。
それから彼は一度山へと帰り、今度は外の世界に興味を持った仲間衆を連れて旅に出ることにしました。これが「
その探検も無事に終え、再びオーランスは帰ってきました。遂には山に住む者を大勢引き連れて、デスターの息子、そう彼の孫である“斥候”タトウスの先導の元、新たな世界へと移り住んだのです。
そしてオーランスは自らの力をしめさんと皇帝の元へと赴きました。彼はドロガーシと名乗り、皇帝に「踊りの腕比べ」で挑みました。皇帝は宮廷によく知られた踊りを雅やかに舞いました。オーランスはと言えばがらがらを手に戦の舞を颯爽と舞いました。
審判たちの判定により皇帝が勝利しました。
それからもオーランスは宮廷を訪れては、皇帝に腕比べを挑みました。それというのも、彼の目的は最早自分の力を示す事だけではなかったからです。皇帝に囚われ助けを求める女神、アーナールダに彼は懸想していました。彼女を解き放つ事と、自分の力を示す事。どちらの思いの方が強かったのかは解りません。女衆が尋ねてみれば、力強く「無論、アーナールダに対する思いよ」と答えたでしょうが、オーランスは嘘をつかぬ神ではありませんから容易く信じられるものではありません。その実はオーランスにも解らなかったのかもしれません。
ともかくも、次なる有名な腕比べは「魔法の腕比べ」でした。オーランスは、世界は如何様にも変われる事を示してみせましたが、旧態依然とした審判たちには好まれず、再びオーランスは敗北しました。
次になされた腕比べで有名なものは「音楽の腕比べ」です。ドロガーシは彼の考案した楽器である角笛を吹き鳴らしましたが、そのようなものは楽器ではないと決め付けられてしまいました。すなわち敗北したのです。
それ以外にもオーランスは幾たびも腕比べを挑みましたが、そのすべてに彼は敗北しました。
さてオーランス以外のウーマスの子らはと言いますと、ラグナグラーは正気に返る事もなく、多くの女神や女が犠牲となりました。ウロックスは……聞かなくても解るでしょうが、乱暴者でした。ヴェイドラスはそれに輪をかけて酷く、後には嵐の神でありながらオーランスに手向かいする有り様でしたし、彼の行いを真似た息子達“冬の神”ヴァリンドや“荒野の狩人”ガガース、それから淑やかぶって留まるも内実性悪な“霧の”イファーラや“澱める大気”モラーニといった子をなして、いよいよ勢い盛んとなっていました。モラーニに至っては恥を知る事もなく、皇帝との間に“旱魃”ダーガを産んでいます。
そんな中、“北風”フマクトはオーランスと共にあり、オーランスの兵の頭に立って戦に出たりしておりました。というのも、フマクトにしてみれば“北風”は親から受け継いだものであったので満足できず、自分の本当の力を見つけようとして、その最中に宇宙山で古き神のカーガン・トールから戦い方を学んでいたからです。
しかし彼はそれにも満足できずにおりました。
それである日、フマクトは“愚者”ユールマルと連れ立って、まだ誰も行った事のない土地へと向かいました。何故かといいますと、彼は既に誰かが行った事のある場所であるならば、あらゆる場所を旅した事があるからです。そしてそれらの場所には彼の求めるものが無かったからです。
不可思議な地で彼らは暗黒の精霊と出会いました。それはヴィヴァモートと名乗りました。精霊は秘密を守護する存在だったのですが、彼自身その秘密が何なのかは知らずにいました。これがフマクトであれば、いかにユールマルとは言え、義務を見失わせる事は出来なかったでしょう。が、しかし精霊はフマクトの名誉を持ち合わせておりませんでした。ユールマルの弁舌にのってしまい、秘密に対する興味を引き起こしてしまったのです。
そして彼らは共に道無き道を進み、艱難を乗り越え、「死」を発見しました。それがどのようなものか彼らには解りませんでしたが、それでもフマクトはこれこそが自分の力であると察し、「これを正しく振るい、そして決して手放すまい」と誓いました。そうして「死」は地上界へともたらされたのです。
フマクトとユールマルは地上界へと戻りました。そして「生命の祖父」ハーバン・ヴォアと出会いました。彼こそが始めて創られた人であり、我々人間すべての遠祖です。彼にユールマルが「死」を見せたところ、たちまちにして「死んで」しましました。
フマクトはこれを見て、容易に使ってはならぬものだと悟りました。
ユールマルはこれを見て、この世界が一層面白くなりそうだと悟りました。
こうしてこの時より「生命の祖父」は「定命の祖父」と名を変えることとなり、そして彼の子である人間は皆、「死」から逃れられなくなったのです。
今までイサリーズが幾度か調停をし、平和を築こうとしていましたが、オーランスと皇帝の間は何ら変わりようがありませんでした。そしてまたオーランスが皇帝の宮廷へと足を運びました。今度の腕比べは「武器の腕比べ」でした。皇帝は炎の部族のお家芸でもある弓を持ち出し、人間では到底届かぬほど、それこそ世界の果てまでも弓を飛ばして見せました。
それに対しオーランスも自分の武器を打ち振るわんとし、疾風の如く鋭く、雷鳴の如く激しく言いました。「お前たちは旧態依然と、目は物を見ようとしていない。父ウーマスが力を失うとは言え、世は既に風によって掻き乱されて、変化というものを知ったというのに、何故お主らは取り繕おうとするのか。この
「この新たな武器、見るだけでは足らぬだろう。遠慮は要らぬ、俺は寛大だ。その身をもって、この新たな力を味わうといい」
そう言い放つやオーランスはフマクトの「死」を皇帝に振り下ろしました。そして囚われのアーナールダの手を取り、彼女と彼女の大地の眷族を解放したのです。
オーランスもフマクトの力を耳にしていました。ですので、その素晴らしい武器「死」をユールマルに命じて盗ませていたのです。フマクトの「これを正しく振るい、そして決して手放すまい」という誓いは既に破られておりました。
これを聞き、フマクトは怒り心頭に達せられました。皇帝を破ったことに対してでは無論ありません。自らの誓いを破られたことに対してでもありません。オーランスが約定を違えたことに対して非常に怒られました。というのも。彼らウーマスの子らには決まりがあって、そのうちの1つは「身内より盗んではならぬ」というものです。これは今でもそうですし、身内の命を奪うともなれば混沌を呼び込むほどの行いです。決して戒めなくてはなりません。ともかくもフマクトは名誉を尊ばれる神でしたので、彼はその身に残っていた「死」の力を持ってして、嵐の神々との関係を断ち切られました。今もフマクト信者は入信するや、家族や氏族などあらゆる関係を断ち切ります。
オーランスにしても返す気は無かったのですが、それでも返そうにも返せませんでした。というのも事がなった後のある日、オーランスが気が付けば、腰に佩いているのは「死」ではなく、「死」の写しに過ぎませんでした。そしてユールマルの姿が消えていたのです。
道化の力によって「死」の力は世界中に広まりました。エルフはユールマルより手に入れた「死」を鍛えて斧とし、ドワーフとの戦いに用いました。ドワーフは斧を盗むのに成功し、そしてまた「死」はユールマルに盗まれました。それ以降も「死」の力は様々な神の元へと渡り、「死」の写しが世界中へと行き渡りました。またそうした神々は皆深く考えることも無く「死」の力を振るい続けました。
こうして皇帝が2番目の死者となり、皇帝の圧政から世界は解放され、「黄金の時代」は終焉を迎えます。
オーランスの勲しに誉れあれ。